LOGIN「黙るのはお前の方だ」
国王ワイゼンは若くして戴冠した。その在位年数は十年以上にも及ぶ。若輩の身でその重責を負いながら大過なく国を治めてきた。その彼にとって経験の浅い息子の威圧など何の重みも持たない。
「ち、父上!」
「都合が悪くなれば怒鳴って黙らせようとするとは、なんと底が浅い……母は嘆かわしいですよ」
それからもう1人。彼の母、王妃オルメリアもである。
彼女は国王を助け、国体を守ってきた。彼女にとってオーウェンの怒声など、仔犬がキャンキャン喚いているのとなんら変わらない。
「母上まで……」
二人にぎろりと睨まれ、先程まで居丈高だった
「えいっ!」競技服を身に纏った少女が可愛いかけ声とともに魔杖を振るう。その先から赤い魔弾が射出され、出現した人型の標的を穿った。魔弾と同じ赤色の髪をたなびかせ、前後左右に現れる敵人型標的を次々と狙い撃つ。――魔弾の射手本戦一回戦第四試合貴賓席で観戦するエーリックの目の前で赤髪の女生徒は次々と魔弾を標的に当てていく。彼女は一回目もパーフェクトゲームを披露し、今もまったく外す気配がない。どうやら、この試合は赤髪の少女の圧倒的勝利で終了しそうだ。「凄いね。さすがに本戦ともなると外す方があり得ないと錯覚してしまいそうだよ」「ええ、彼女が的を外す姿が想像できませんな」エーリックは感嘆を漏らし、スレインも共感した。その時、かちゃりと音を立てて扉が開いた。「あン娘はルーベルト伯爵んとこのルーナミリアって名のご令嬢で、優勝候補筆頭の正真正銘の化けモンですぜ」ノックも無しに入ってきたのはセルランだった。「さすがの姫さんも彼女に勝つのはちいと厳しいかな」順調に勝てば、ウェルシェは明日の準決勝でルーナミリアと対戦する。その予測はエーリックにとって認めがたい。だが、彼女のプレイを見れば、納得せざるを得なかったウェルシェもパーフェクトゲームを披露したが、経験の差からか安定感がまるで違う。「レーキ・ノモから情報をもらってこられたのか?」隣に座ったセルランをチラッと見てスレインが尋ねた。少し棘のある口調
競技を終え、次の試合までに汗を流そうとウェルシェは選手控え室へと向かっていた。彼女の両脇にはレーキとジョウジががっちりとガードしている。「ん?」ふと、ウェルシェは行く手に人の気配を感じた。目を凝らして前方を見つめれば、そこにいたのは優しげな微笑みを湛える金髪の美少年。「ウェルシェ!」「エーリック様!」その正体に気づき、ウェルシェは嬉しそうに手を振った。そして、タタタッと小走りにエーリックへと近寄った。「一回戦突破おめでとう」「ありがとうございます」嬉しそうなウェルシェの笑顔に、エーリックも自然と目尻が下がる。「ウェルシェの実力は知っていたつもりだったけど、初戦からいきなりパーフェクトを出すなんて思っていなかったよ」「くすくす、私も思っていませんでしたわ」朗らかに笑いあう二人。「あれは本当に出来すぎでしたわ」「いや、ウェルシェの実力だよ」自分は全ての競技で予選落ちしていながら、婚約者の好成績にもエーリックは卑屈な様子を微塵も見せない。「もっと間近で応援できれば良かったんだけど……」「仕方ありませんわ」心からウェルシェの勝利を祝ってくれるエーリック。やっぱり優秀な婚約者を疎ましく感じているオーウェンなんかより、ずっと器が大きいとウェルシェは思う。「競技に出場するだけで私達は護衛に負担をかけますもの」「そうだね。せめて応援だけは貴賓席で大人しくしていないとね」エーリックはチラッと背後を見た。その視線の先には学園の生徒ではないスレインとセルランがいた。剣魔祭では外部の者が出入りしている。さすがにエーリックも護衛は必要である。だから、日頃は学園に連れてこない二人を供としていた。あまり会場をウロウロするのは、二人の手を煩わせるとエーリックも理解している。続いてエーリックはウェルシェの両脇に立つレーキとジョウジをちらりと見た。「ウェルシェの方は大丈夫かい?」エーリックがストーカーについて尋ねているのだと察せられないほどウェルシェは鈍くない。「ご心配をおかけして申し訳ございません」眉を落として詫びた。「ですが、レーキ様とジョウジ様がこうして護衛してくださり、つけ回されている気配はなくなりましたの」「それは……良かった」愁眉を開いたウェルシェの様子に、エーリックは何とも複雑な表情となった。「エーリック様?」「ごめん、
「それで、まだケヴィン様に動きはないの?」控え室へと続く廊下を進むウェルシェは、その途中で気になっていたケヴィンの動向について尋ねた。「セギュル家を見張っている者からの定時連絡では、ケヴィンはまだ屋敷から出ていないようです」「そう……なの?」ジョウジの報告にウェルシェは少し考え込む。「ケヴィン様が昨日の予選を避けたのは予想通りなんだけど……」初日は校内各所で様々な競技の予選が行われた。そのため、生徒以外にも応援に来ている親族達で多くの者が学園に出入りしていた。「ええ、人の出入りが激しく潜入にはもってこいなんですが……」「いかんせん人目のつかない場所がありませんでしたから」だが、数多の予選試合を消化するため学園全域を会場にしていた。だから人気の無い場所が皆無であり、犯行に及ぶのは難しいだろうと読んだのである。「本戦初日は試合の全てが観客動員数の大きな主会場のみだから、今日こそ仕掛けてくるって思ってたのよね」ジョウジとレーキの推測に同意しながらも、ウェルシェは今日来るとの予測が外れて肩透かしを食らった気分だ。「予選が終了した今日以降は、皆が限定された会場に集まりますからね。確かに空き教室など死角となる場所には事欠きません」「ですが、それは明日も同じではありませんか?」剣魔祭の期間は三日。初日は前述の通り予選が行われ、二日目から本戦となり、明日は各競技の準決勝や決勝が行われる。「途中で負けたら私は護衛付きの貴賓席で観客になっているのよ」
――剣武魔闘祭二日目広場の中央にウェルシェは一人ポツンと佇んでいた。周囲は草むら、瓦礫、柵、塀などの遮蔽物で囲まれている。ウェルシェは白いシャツの上に赤いジャケットを羽織り、下は珍しくタイトな黒いズボンを履いていた。この広場を囲む観客席には人が埋め尽くされていたが、みな固唾を飲んでウェルシェを見守っている。――『射撃用特設会場』今から魔弾の射手本戦の第一試合が始まるのだ。「スーーーッ、ハァーーー……」珍しく緊張しているのか、ウェルシェは息を深く吸い込んでゆっくり吐き出して全身の力を抜いている。観客席は満席であったが、ウェルシェの耳には自分の呼吸音だけしか入ってこない。まるでウェルシェ一人だけの世界のように静寂が支配する――『開始10秒前、9……8……7……』突如、会場にカウントダウンのアナウンスが響いた。『……4……3……』カウントが進む中、ウェルシェは両手に持つ指揮棒の形状をした魔杖を僅かに握り直す。『……1……ピーッ!』ガコンッ!開始の合図と同時に『敵』と記された人型の標的がウェルシェの右前方にある草むらから迫り出した――瞬間、右の魔杖を素早く振った。ヒ
「エーリック様、試合お疲れ様ですわ」ウェルシェは満面の笑みで出迎えた。だが、エーリックの方は少しばつが悪そうに顔を曇らせた。「ごめん、せっかくウェルシェが応援してくれたのに負けちゃった」「そんな……とっても素晴らしい試合でしたわ」気落ちするエーリックをむしろウェルシェは褒め称えた。「負けたのに?」「エーリック様の勝利を願ってはおりましたが、勝敗は兵家の常ですわ。それともエーリック様は、優勝以外価値がないとお思いなのですか?」「そんなことないけど……やっぱり好きな女の子の前じゃカッコいいところを見せたいじゃないか」「まぁ、エーリック様ったら」ウェルシェがポッと頬を染めた。「私のためにそこまで……」「だけど、負けたら格好がつかないよね」ははっとエーリックは力無く笑ったが、ウェルシェは首を横に振った。「いいえ、エーリック様はとっても素敵でしたわ」「ホント?」「はい、エーリック様の勝利するお姿を拝見できたら、きっと私はとっても喜んだと思います。ですが、勝ち負けなんて関係なくエーリック様はとってもカッコ良かったですわ」「そ、そうかな?」「ええ、もちろん! いつも一所懸命なエーリック様は私にとって世界で一番輝いていますわ。今日この日のために努力されていたエーリック様はいつだって誰よりも最高にカッコいいのです」「ウェルシェ……ありがとう」エーリックははにかんで頬をぽりぽりと掻く。「嬉しいよ……ウェルシェの励ましが何より」「励ましでは
「しかし、それでも全ての分野を理解するのは困難かと思われますが?」ウェルシェは闘技場の出入り口でエーリックを待っていた。レーキはそこで先程の話題を持ち出した。「それはそうよ。人は全能ではないんだから」「ならば未知の分野に関してはどのように対処すれば良いのでしょう?」これに対する明確な解答はないとレーキにも分かってはいる。そんなものがあれば為政者は誰も困らない。「その分野に明るい者を評価者として登用するしかないわね」レーキの思った通り、ウェルシェといえども解決策はそれくらいしかない。「ですが、その者が本当に正当な評価ができる人物かを判断するのは困難ですよね?」「当然でしょ。人柄もだけど、癒着する可能性もあるしね。できるのはせいぜい成果に対して正当な褒賞を与え、不正に備えて罰則を作っておくことくらいね」ああ、成果が出ないのに罰を与えるのはなしよ、とウェルシェは付け加えた。「それでは現場監督が成果主義に走っちゃうから」こうなると中間管理職である現場監督は下を締めつけ上に媚びる他なくなってしまう。「しかし、それでは不正しなくとも怠ける者が出てきませんか?」「それでもよ。もともと任命した者にも責任があるんだから」「成果は部下のもの、失敗は上司のものですか……上に立つ者は大変ですね」レーキは自分が部下の地位で心底良かったと思う。「それが国王になる者、領主になる者、組織の頂点に立つ者の心構えよ。そうでないと組織の屋台骨はどんどん歪んでしまうもの」「とはいえ、人は他人を理解できませんから完璧な統治はできないことになります」「完璧なんて無
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
「なんなのよ、あの男どもは!?」いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」つまり、エーリックの危惧していた通りになってしま







